Illustrations de Delarue-Nouvellière ドラリュ=ヌーヴェリエール画

思いやりのある首吊り人

アルフォンス・アレ

遠い過去をさかのぼって思い出を呼び起こしてみても、彼は自分のみじめな人生において一分間の幸運さえも思い出すことができなかった。

不運、つねに不運なのだ!

しかしながら奇妙なことに、この執拗なまでの不運の連続が彼にとっては妬みや恨みの様相をいだかせることにならなかった。

彼は隣人を愛した。そして彼に運命づけられた悲しい存在について心底から嘆くのだった。

ある晴れた日、いやむしろあるひどくいやな日に、この人生はもうたくさんだ、まったくもってバカバカしいと彼は思った。

物静かに、話す言葉もなく、書き置きもなく、芝居じみた態度も見せずに、彼は死ぬことに決めた。

自分を殺すためというよりも、ごく単純に生きるのをやめるのだ。なぜなら喜びのない人生は、誰の目にも明らかな無用の長物に思えたのである。

さまざまな死の手段が陰鬱で無気力な彼の頭の中に次々とあらわれた。
溺死、ピストル、首吊り・・・
彼はこの最後の自殺の手段に考えをとどめた。

それから死に際して、彼にはこれからも人生を生き続ける人びとに対する深い憐れみの気持がわき起こった。
深い憐れみの気持と彼らの苦しみをやわらげたいという強い欲求である。

そこで彼は野原に出かけて、高いポプラの木々に縁どられた菜の花畑にやってきた。

そのポプラの木々のうちで一番高い木の、最も高いところにある枝に目をつけた。

山猫のような敏捷さで、というのも不運は彼の活力を損なってはいなかったので、彼はそこまでよじ登り、長い、どんなにか長い!一本のロープを引っかけて、首を吊ったのだった。

彼の足はほとんど地面につきそうになっていた。

さてその翌日、村長の目の前で彼は木から降ろされた。そして信じられないほど大勢の人びとが、その至高なる願望に従って、延々と伸びるロープを少しずつ分けあい、末永い幸福のたゆまぬ源泉としたのであった。(*)


(*) 欧州には昔から絞首刑に使われた綱が幸運をもたらすという俗信がある。首吊りで死んだ人の綱も同様のようで、縁起かつぎに買い求められたという話が、ハンス・エーヴェルスの短篇『蜘蛛』の中にも出てくる。

(引用):…デュボンネエ夫人にとっては、それから幾日かたって、有名な喜歌劇の歌い女(め)メアリ・ガアデン嬢が物好きに旅館ステヴァンへ乗付けて、窓掛の魔の紅い紐を二百フランで買取って行ったのはせめてもの心慰めであった。
エーヴェルス(Hans Heinz Ewers) 浅野玄府訳 『蜘蛛』より
新青年傑作選 第4巻、立風書房、1991年9月


原題: Le Pendu bienveillant
短編集『抱腹絶倒』A se tordre 所収 (1891年刊)
作者: アルフォンス・アレAlphonse Allais
試訳: 写原祐二(2004年9月26日)


底本テキスト : Alphonse Allais : A se tordre; histoires chatnoiresques
アルフォンス・アレ『抱腹絶倒−シャノワール風小話集』

(1) Gallica, La Bibliothèque numérique, BNF #80843 ガリカ電子図書館
Paul Ollendorff, Paris ; 1891 ポール・オランドルフ社版, 1891年
http://visualiseur.bnf.fr/Visualiseur?Destination=Gallica&O=NUMM-80843
Le pendu bienveillant ; P83〜84

(2) Gallica, La Bibliothèque numérique, BNF #69125 ガリカ電子図書館
Albin Michel, Paris; 1925 アルバン・ミシェル社版、1925年
Illustrations de Delarue-Nouvellière 挿絵ドラリュ=ヌーヴェリエール
http://visualiseur.bnf.fr/Visualiseur?Destination=Gallica&O=NUMM-69125
Le pendu bienveillant ; P109〜111

(3) La collection A tous les vents, La Bibliothèque électronique du Québec
ケベック州電子図書館
http://jydupuis.apinc.org/vents/allais-tordre.pdf
Le pendu bienveillant ; P78〜79


仏和翻訳習作館

inserted by FC2 system