Illustrations de Delarue-Nouvellière ドラリュ=ヌーヴェリエール画

豚 執 症 (とんしゅうしょう)

アルフォンス・アレ

 アンドゥイ(*1)の町で僕を待っていたのはひどい幻滅であった。とても愉快で、とてもおしゃれで、とても明朗なこの小さな町で僕は人生の最良の六ヶ月を送ったことがあった。到着するや否や、詩人のカピュ(*2)が語っているような「もの寂しい村里」の様相を感じたのだ。
 それは奥深い苦悩のとばりがすべての人やあらゆる物を覆っているとでも言うような感じだった。でもその日は天気も良く、僕の気持に世界をそれほど暗く見させるものは何もなかった。
「あぁ!これは僕の脳裏の空に浮かぶ小さな雲みたいなものでじきに過ぎていくだろう。」
と僕はつぶやいた。

 僕はカフェ・デュ・マルシェに入った。そこは当時僕のおきまりのカフェだったのだ。しかしもうすぐお昼だというのに昔の顔なじみはそこに一人も見つからなかった。
 ギャルソンも昔いた人間ではなかった。店主にしても新しいし、その奥さんだって当然新しかった。僕はきいてみた。
「ここにいたフルクマンさんはもういないの?」
「えぇ、三ヶ月になりますよ。フルクマンの旦那のほうは善療院に収容されて、奥さんのほうは実家のあるドズレに帰って小間物屋をやってますよ。」
「頭がおかしくなったのかい?」
「いえ、狂暴になったんじゃなくて、ひどく執着するようになったんで収容するしかなかったんですよ。」
「何に執着するんだい?」

 あぁ、それがまったくおかしな執着でしてね。思ってみて下さいよ。パンのひと欠けらを見ただけで中身を取り出して小さな豚をたくさん作ってしまうんです。
「いったいどういうことなんだい?」
「本当のことと言いますとね、この上もなく奇妙なんですが、この変な病気が伝染病みたいにこの地方に広がっていることですよ。善療院が一番ひどくてアンドゥイの町の三十人ほどの人がいて、一日中パンの身で小さい豚をこしらえているんですよ。この豚というのもとても小さくて、見るのに虫メガネが必要なほどなんです。この病気に名前がついていましてね。・・・ えーと、・・・ えーと、ほら何て言いましたっけ、パリから来ている医者の・・・ ロマン先生だったかな?」

 ロマン氏は僕の隣のテーブルで食前の一杯をやっていたのだが、気取りの混じった親切心からこう答えた。
「小豚執着症(しょうとんしゅうちゃくしょう = デルファコマニー)(*3)じゃよ。ギリシア語でデルファクス、デルファコスは小さな豚という意味でな。」
 給仕はあとを続けて言った。
「もっとくわしく知りたかったら、あとはフランス・ノルマンディ・ホテルで聞くしかないですね。そこで病気が始まったんですから。」
 
 ちょうどいいことにフランス・ノルマンディ・ホテルは僕が泊まっているホテルなので、そこで昼食を取ることにした。食堂に行くと皆着席していたが、その中には誰一人として僕の知っている人間はいなかった。
 当時は、道路局の役人、郵便局員、市役所の職員、新聞記者というような僕が時々一緒に飲んだ気のいい連中だったが、皆いなくなったのだ。彼らもまた散り散りに、恐らくは精神病院に入れられたのだろうか?
 僕の心は万力のようにひどく締めつけられた。
 支配人が僕を見つけて、さびしげに何も言わずに手を差しだした。
「いったいどうしたんだね?」と僕がきくと、
「あぁ、リュドヴィックさん、何という災難で。私をはじめ皆さん方にも。」
 そこで僕が食い下がると、彼はごく低い声で言った。
「お食事のあとでお話ししましょう。この話をすると新しいお客様にも影響するかもしれませんので。」
 昼食後、彼は僕にこのように語ってくれた。


 フランス・ノルマンディ・ホテルの食堂にはほとんどが官公庁や保険会社に所属する独身青年たちや商用で出張の人たち等々が来ていました。概してこうした人たちは育ちのいい人たちでしたが、時間が経つとアンドゥイでの美しくも単調な生活に少々厭きてしまいます。
 新たな滞在客や商用・観光その他の旅行客がやってくると、幸運の訪れのように思われたものです。それは日常の倦怠というどんよりと淀んだ池面にやさしく波紋をつける外気のそよ風でした。
 
 皆でおしゃべりをし、デザートまでじっくり食べ、代わる代わる自分の話をし、フォークや皿やボトルの数まで一緒にそろえたものです。よくマルセイユ人の話をしました。
「あなたはこんな話知ってますか?昔、あるマルセイユ人がいて・・・」
 つまり、このような気晴らしは時の経つのを少し忘れさせてくれたのです。たとえ気難しくても他所からきた人はみな気持よく迎えられたのでした。

 そしてある日、ホテルに30歳くらいの若い男がやってきました。町の空家となった店舗を借りて、時計屋として馬鹿みたいに安い値段で商売を始めたのです。その値段がどれだけ安いかというと、銀製の腕時計がタダ同然で、柱時計ですらほとんど高くなかったのです。
 この若い男はスイス国籍でアンリ・ジュアールといいました。すべてのスイス人同様にマルモット(*4)のような忍耐強さとともに、マルモットのような器用さがありました。
 この若い男はウサギのような身振りをして羊の肩のように柔和でした。

 アンドゥイの町でこのスイス人が豚執症(とんしゅうしょう)のすさまじい流行の端緒となったことをこのとき一体誰が想定できたでしょうか?
 毎晩夕食後、コーヒーを飲みながらジュアールはパンの身でこねて小さい豚を作る習慣がありました。この小さな豚たちは正直に言うと実にすばらしい形をしていました。小さなしっぽは上を向いていて小さな足とかわいい鼻は神秘的なほど縮んでいました。
 豚の目に当たるところにはマッチ棒の燃えさしを置きました。それがとっても小さな黒い目になったのです。

 ごく自然にみんなが豚を作り始めました。皆が夢中になりました。滞在客の何人かはこの工芸に上達しました。そのなかの一人でヴァレという人物がやたらと練習を積んだせいで、ついにすごい腕前になったのです。
 ある晩、テーブルの上にはほとんどパンの身が残っていないのに、ヴァレは鼻から尻尾の先まで全長1センチメートルしかない小さな豚を作りました。
 みんなは手放しで賞賛しました。ジュアールだけは大仰に肩をそびやかしながら言いました。
「僕なら同じ量のパンの身で豚を二匹作れるね。」
 そしてヴァレの作った豚を再度こねて二つ作ったのです。
 ちょっと気分を害したヴァレはすぐさま二匹の豚をこね直して三つ作りました。
 その間、滞在客たちは微小な豚たちの作り方を真似ようとして必死でした。
 その日は遅くなったので、人々は引き取りました。

 次の日、昼食にやってくると、滞在客のおのおのが何も言わずポケットから小さな箱を取り出しました。中には前の晩よりも限りなく微小の豚たちが入っていました。午前中のあいだ彼らはめいめいの職場でこの作業をやっていたのでした。
 ジュアールは、その日の晩に顕微鏡で見るくらいの極微小の究極の豚を持ってくると約束しました。彼はそれを持ってきましたが、ヴァレも別に一匹持ってきて、そのヴァレのほうがジュアールのものよりも更に小さく、しかも豚の形にちゃんとなっていたのです。

 この勝利は若い青年たちを勇気づけました。それからというもの彼らのただ一つの関心事は小さな豚をつくることになったのです。一日のうちのどんな時間であろうと、食卓でも、カフェでもそしてとりわけ職場でも。公共サービスはひどく滞り、納税者たちの不平不満が官公庁に殺到し、あるいはランテルヌ紙やプチ・パリジャン紙などの新聞に投稿が載りました。
 配転やら更迭やら免職が官報を彩りました。
 そうしても無駄だったのです!豚執症(とんしゅうしょう)はそんなにたやすく餌物を放そうとはしなかったのです。
 最悪の事態はその病気が町中に広がってしまったことです。若い商店主や仲買人やカフェ・デュ・マルシェの店主のフルクマンさん自身ですらこの伝染病に罹ってしまいました。アンドゥイの人はみんなで小さな豚をこねてその平均が1ミリグラムを超えないようになりました。
 商業は行き詰まり、産業は危機に瀕し、行政は停滞しました!
 県知事の熱意がなかったら、アンドゥイはこのままになったでしょう。でも当時の県知事は現在のローヌ県知事のリヴォー氏で、必要な措置をとってこの荒廃から免れ得たのでした。

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 アンドゥイの町は救われた。だがかつてかくも花咲いたこの小さな町がその繁栄と微笑みに満ちた静けさを取りもどすのにどれだけの時間が必要であろうか? (終)


(*1) アンドゥイ Andouilly : 架空の地名。題材から推測するに豚の臓物のソーセージandouille(アンドゥイユ)から名付けたように思われる。

(*2)

詩人のカピュ Capus: 同時代人で有名なのは小説家・劇作家のアルフレッド・カピュAlfred Capus (1857-1922) が思い当たるが、詩人ではない。また「もの寂しい村里」la triste bourgade についても出典は不明。

http://www.academie-francaise.fr/immortels/base/academiciens/fiche.asp?param=522

(*3)

小豚執着症(しょうとんしゅうちゃくしょう=デルファコマニー)delphacomanie:もちろんアレの造語と思われる。 小さな豚を意味するという単語 delphax, delphacos も試訳者は不勉強でギリシア語の単語かどうかはわからない。(調べても??だとアレの悪戯に見事引っかかったことになる)

(*4)

マルモットMarmotte :スイスの山岳地帯に生息するエゾリスのような小動物。La Marmotte des Alpes のサイトを参照。

http://users.belgacom.net/marmotte/WJ_Marm02.htm


原題: Les petits cochons
短編集『抱腹絶倒』A se tordre 所収 (1891年刊)
作者: アルフォンス・アレ Alphonse Allais
試訳: 写原祐二(2005年4月20日)

底本テキスト : Alphonse Allais : A se tordre; histoires chatnoiresques
アルフォンス・アレ『抱腹絶倒−シャノワール風小話集』
(1) Gallica, La Bibliothèque numérique, BNF #80843 ガリカ電子図書館
Paul Ollendorff, Paris ; 1891 ポール・オランドルフ社版, 1891年
Les petits cochons; ; P37〜45
http://visualiseur.bnf.fr/Visualiseur?Destination=Gallica&O=NUMM-80843

(2) Gallica, La Bibliothèque numérique, BNF #69125 ガリカ電子図書館
Albin Michel, Paris; 1925 アルバン・ミシェル社版、1925年
Illustrations de Delarue-Nouvellière 挿絵ドラリュ=ヌーヴェリエール
Les petits cochons; P31〜36
http://visualiseur.bnf.fr/Visualiseur?Destination=Gallica&O=NUMM-69125

(3) La collection A tous les vents, La Bibliothèque électronique du Québec
ケベック州電子図書館
Les petits cochons; P29〜35
http://jydupuis.apinc.org/vents/allais-tordre.pdf


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