可哀そうなやつ!
(または、非おかしな人生)

アルフォンス・アレ

「こうした目にあうのは僕だけさ、まったく!」

真実なるものに対して重きを置くことで知られる私でさえ、わが友人についての話は本当だと認めざるをえない。
実際のところ、こうした目にあうのは彼だけなのだ、まったく!

大惨事かって?いや、大惨事ではないが、おかしくて、風変わりで、そのときまで予想もできない、ちょっとした災難にひっきりなしに見舞われるのである。

ついには彼は哀れな受難者たることを甘受するようになって、自嘲気味の、むしろあきらめの微笑みで、ごく最近の出来事を自分の口から語るようになっている。

「こうした目にあうのは僕だけさ、まったく!」
と彼はわかったように言い切る。

私にとって彼との出会いはつねに幸運である。ちょうど喉が渇いてきたときに―いささか酷なことではあるが―彼のおごりで新たな不運な話を聞いてやれるからだ。

「君、最近どうなの? ずっと調子がいいんだろ?」
と私はうわべだけでたずねる。

「調子がいいって?…冗談だろ?なんと!…僕は結局もうあきらめてるんだよ!…君のほうは?」

「うん、すごくうまく行ってるよ。それも思ってる以上だね。」

「幸福なんてのはひとりでには授からないものなんだ…残念ながら!僕のところに順番でも来るんだったらいいんだがね。」

「また厄介ごとでも?」

「もちろんさ!…思ってもみてよ。僕は月曜日に留置所で一晩すごしたんだぜ。」

「留置所で一晩、君が!男の中でいちばんおとなしいのに!」

「そのとおり!男の中でいちばんおとなしい僕が!…留置所で一晩だよ!」

「で、どういうわけで?」

「泥酔のためさ。」

「泥酔のため、君が!男の中でいちばん真面目なのに!」

「そのとおり!男の中でいちばん真面目な僕が!…留置所で一晩!…
泥酔のためさ!」

「でも、いったい…」

「あぁ!そんなに混みいった話じゃないんだよ!…月曜の6時ごろ、ロワイヤル街で船長の従弟のキャプ・マルタンに出くわしたんだ。彼は僕を誘ってアイリッシュ・バーに入ってジン・ソーダを頼んだ。僕はもともとこうしたアングロ=サクソン系の下劣な飲み物は嫌いだから、普通にベルモット・カシス* を頼んだ。…そして一時間後、僕はぐでんぐでんに酔っ払ってオペラ署の留置所で寝ていたのさ。」

「酔っ払って?ベルモットの一杯で?」

「そのとおり!…こうした目にあうのは僕だけさ、まったく!ことの顛末はこうなんだ。君も知ってるようにレイノルズのバーでは大きな水差しにジンを入れてお客の前に置いておくんだ。…僕はそれを水だと思ってベルモットに入れてごくごく飲んでしまったのさ。」

「飲みながらそれがわからなかったのかい?」

「うん。…おやこのベルモット・カシスは変な味がするな、と思ったよ。おそらくアメリカ風だからにちがいない。…そこからが大変さ!…外へ出ると、僕は大通りのベンチに次々に飛び乗ったり、キオスクで新聞を売ってる女性たちに抱きついたり、お巡りたちに、俺はフォール大統領** の知り合いだ、やつはシャテルロー*** でいかがわしい事業を経営してた、などとのたまわる始末さ。僕がまともならこんなことにならないのはわかるだろ。」

「おあいにくさま!」

「こうした目にあうのは僕だけさ、まったく!…それに先週なんかは!」

「なんだい、今度は?」

「友だちから教えてもらった小さな仕立屋の店で背広を注文したんだ。…立派な格子柄の背広だよ。それがどしゃぶりの雨でしかも傘なしだったんで濡らしてしまったんだ。(こうした目にあうのは僕だけさ、まったく!)そこで僕は国立図書館に行ってストーヴのそばで乾かすことにした。ところが驚いたことに、乾かしているうちに僕の背広は縮んで縮んで、まるで僕が十歳くらいの子供からぶん取って着ているみたいに思われそうになったんだ。」

「そんなことは誰にでもあることじゃないの。」

「うん、でもこうした目にあうのが僕だけというのは、僕が仕立屋に文句を言いに行ったときのやつの言い草さ。そいつは横柄な態度で、防水加工が店の得技ではなかったと言い張るので、僕はそいつに微笑みながら簡単に言ってやったのさ。
『すいませんが、あなたの店の商品が雨に濡れたせいで全体の20パーセントも縮んでしまったんですよ。この動かしがたい損失を補償していただくのが当然だと思うんですがね。』
ところがそいつは凄まじい厚顔さで答えたんだ。
『お客様、もし私どもの商品が縮むかわりに伸びたり広がったりしたときに、自発的にそれに見合った追加料金を払いに来ていただけるんですか?』
君ならこれにどう反論できるかね?」

「全然だね、残念ながら。」

「だからよく言ってるように、こうした目にあうのは僕だけなのさ、まったく!」

「でも心の持ちようでは、少なくともましなんだろう?」

「あぁ!そうさ、言ってみれば僕の心は素晴らしかったよ!…先週の木曜日にクローク家に夕食に呼ばれてね。そこで僕は娘たちの年上のほうのオディ―ルにぞっこんまいってしまったんだ。」

「私も知ってるよ。クローク家のかわいらしいオディールのことは!」

「狂おしいほどに好きになったんだ!その次の日、あるパーティで彼女と顔を合わせたので、僕は彼女に明日お宅にお邪魔したいんですと告げた。彼女はちょっと驚いたようで、ご来訪の向きはときくんだ。…君は恋する男がどんなに馬鹿なことをするかわかるだろ?」

「わかるよ。」

「そこで僕は言ったんだ。
『お嬢さん、それは僕があなたのお宅に忘れ物をしたからです。』
『何をですの?』と彼女はたずねる。
『僕の心です。…』もちろん気の利いた言い方じゃないんだが、男が真剣になったときには…」

「それで彼女はなんて答えたの?」

「君も思いつかない、しかもとても冷たく言い放ったのさ。
『お話の忘れ物はございませんわ。でも今夜帰宅しましたら家の者に見てもらるようにしますけど…おそらくゴミ置き場の中でしょうね!』」

「かわいそうなやつだな!」

「こうした目にあうのは僕だけさ、まったく!」


原題: Pauvre garçon ou la vie pas drôle
短編集『二たす二は五』 Deux et deux font cinq 所収

試訳:写原祐二(2004年2月13日)


* ベルモットVermouth: 白ワインをベースにニガヨモギを主成分にして数多くの薬草、香草類で風味をつけたリキュール酒。主産地はイタリアとフランスで、有名なブランドはチンザノ、マルティーニ(共にイタリア)、ノワリープラ(フランス)など。ベルモット・カシスはフランスで人気のあるカクテルで別名ポンピエ(pompier : 消防士)とも言う。分量はドライ・ベルモット60ml, クレーム・ド・カシス15ml, ソーダまたは水を加える。


** フォール大統領: 19世紀末のフランス大統領フェリックス・フォール Félix Faure (1841-1899)のこと。家具職人の子としてパリに生まれたが、皮なめし職人として身に立てた。のちル・アーヴルで皮革取引事業において成功し政界へ出た。共和穏健派として知られ、植民地相ほか要職を歴任し1995年に大統領に選出された。特にロシアとの友好同盟の緊密化に努め、露帝ニコライ2世との相互訪問を実現した。フランス世論を二分するドレフュス事件が紛糾していた1899年、大統領府エリゼ宮において脳卒中のため急逝した。享年58歳。この死去の際の艶事が明るみに出たのは次のようなやりとりからである。
大統領が倒れたという知らせを受けてエリゼ宮に駆けつけた高官が「まだお相手できる状態ですか?」と側近にたずねた。するとその側近はあわてて「いや、お相手は裏階段からお出になりました。」と答えたのである。
パリ15区に彼の名前を冠した街路(avenue Félix Faure)と地下鉄駅がある。作曲家のフォーレFauréとは別人。
[参考文献] Bernard Stephane : Dictionnaire des noms de rues ; Editions Mengès, 1988

(翻訳上の曲解)文献記載の側近の応答の個所は原文では
" A t-il encore sa connaissance ? "
" Non, elle vient de sortir par l'escalier privé... "
直訳すれば「まだ意識がおありですか?」になるが、側近の珍回答を引き出すために上記のような訳文にしてみた。connaissance という単語には、知識、意識、知り合い、などの意味のほかに、俗語で愛人、情婦、の意味もある。
国家の首班が倒れたときに意識があったかなかったか、という点については、その後継者指名問題で紛糾した国もあるのはご存知の通り。


*** シャテルロー Châtellerault : フランス中部の小都市。ロワール河の支流ヴィエンヌ河畔にある。トゥールから南へ72km、ポワチエから北へ35km。近世では刃物工業、近代では兵器産業が町を発展させた。


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