ジョルジェットは連れて行かない

アルフォンス・アレ

 ドーヴィル競馬(*1)の大賞(グランプリ)の翌日、ローズバーンの車でポン=レヴェック(*2)の競馬に行くことになった。

 朝早く、遅くとも十時前には出発して、途中のドゥエ・ド・ラ・タイユ(*3)の小さな旅籠(オベルジュ)で昼食を取った。通りがかりのこのさえない店で味わった食事は一言でいえば、非のうちどころなく、カルヴァドス県(*4)すべての中でも最高の料理だった。

 トルーヴィルからの街道沿いで、もう一本の道、といってもどこからどこへの道かは忘れたが、それと交叉するところにあってコンスタン・モレルが夫婦でやっていた。この旅籠は最初 《騎手たちの集い》 という名前をつけていたが、その当時はこのすぐ近くに広大な馬の調教場があって、この店の主要な客層だったからである。

 その後しばらくして、毎週木曜日にボーモン・タン・ノージュ(*5)で開かれる市の日に多くの牧畜業者や肉屋たちがモレルの店に寄って、一杯飲ったり食事をしたりするようになったので、店の名前を延長して《騎手たちと畜産家たちの集い》と変えた。

 それからまたしばらくして、店の看板はサイクリングで立寄る人たちの影響を受けた。今度はモレルの親父も自慢げに頭を掻きながら、これ以上書き直さないですむような決定的な名前にしようと考えて、《騎手たちと畜産家たちとサイクリストとドライバーたちその他の集い》とした。
 つまり《みんなの集い》じゃないか!まじめなモレル親父だ!

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 僕たちはローズバーンに言った。
「ジョルジェットを連れて来なよ!」
「まさか、絶対やだね!」
 ローズバーンはジョルジェットを愛していたが、彼女を決してどこにも連れて行かなかった。何でだろう?
 ジョルジェットもローズバーンを愛していたが、そこで難儀なことに!彼女はローズバーンがどこに行くにも彼女を連れて行かないことにひどく怒っていたのだ。
 この状況から結末がどうなるのかをここで注視してみたいだろう、ね?
 
 ローズバーンは自分のそうした態度を言い訳するのに一つの理由しか言わないし、しかもそれはあまり好ましいものではないのである。
「僕が行くところに君を連れて行かないのは、そこが女の行くところじゃないからだよ。」
「でもポン・レヴェックの競馬でしょ?」
「もっと他のわけがあるのさ!」
 こんな詭弁家と議論してもきりがない!

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 僕たちはデシャンの店のカウンターで待ち合わせたが、皆は遅刻をして、先に来て待っていた人たちは《ジョン・コリンズ》(*6)を本来の適量以上に飲むしか仕方がなかった。
 さらにそのうえひどく暑い日だったのだ!
 要するに僕たちがドゥエ・ド・ラ・タイユに着いたときには、モレル夫人が思わずこう話しかけたのだ。
「あら、みなさん、すっかり人生に楽観的なご様子ですこと!」
 僕たちはテーブルについた。
 鴨料理(*7)は(あぁ!この鴨料理ときたら!)ひと口で食べてしまった。お子様用のひと口みたいに。
 僕たちが食事を続けていると、そこに自転車に乗って汗びっしょりになった使いの者がホテル・ド・パリ(*8)から到着した。ご婦人からの手紙をローズバーンに持ってきたのだ。
「あぁ、つまらん女だ!」と言いながら「ちょっと失礼・・・」
手紙の封を切るとローズバーンはぼんやりと目を通した。
 突然、彼が立ち上がり、青ざめて、よろめくのを見た。
「あぁ!神様!」
「なに?どうしたんだ?」
「ジョルジェットが自殺したんだ!かわいそうな子だ!僕のせいで死んだんだ!・・・ジョルジェットが死んだ!」
「なに言っているんだ?」
「とにかく読んでくれ。」
 それから彼は指で手紙の一節を示しながら読んだ。『・・・これ以上生きてることはできないので、私は死に・・・』
「まだ望みはあるんじゃないのかい?(使いの男に)誰が君にこの手紙を託したんだね?」
「ご婦人ご自身です。」
「どんな服装だった?」
「白いモスリンの服です。」
「たしかにそうだ!夢見るような女だから、あの子は白衣に身を包んで死を待つのを望んだんだ!」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 それでも僕たちの仲間の一人がもっとよく事情を知ろうと思って床に落ちた手紙を拾い上げた。
 彼が読んだのはこうだった。『・・・このままの状態ならこれ以上生きてることはできないので、私は死にそうなくらい何度も言いたいのです。だからこうして手紙を云々・・・』(*9)
 僕たちはみな安堵のため息をついて中断した食事にもどった。よく言われるように、気持を落ちつかせるという熟成したカルヴァドス酒も味わわなかったわけではない。


原題: Georgette s'est tuée !
『賃貸契約満了につき』 Pour cause de fin de bail 所収(1899年刊)
作者: アルフォンス・アレ Alphonse Allais
試訳: 写原祐二(2004年11月3日)


*1. ドーヴィル競馬Les courses de Deauville:海浜リゾート地として有名なドーヴィルの町に19世紀半ばに設置され、以来毎年8月に大賞レースが開催されている。

http://www.jair.jrao.ne.jp/japan/courses/kaigai/europe/france/do/

*2.

ポン=レヴェック Pont-l'Evêque:ドーヴィルの海岸から約10Kmの町。その名前が正方形の褐色の塩洗チーズに付いているので有名。人口約4千人。

*3.

ドゥエ・ド・ラ・タイユDouet de la Taille: ドーヴィル、またはトルーヴィルから内陸のポン=レヴェックに至る街道の途中にある地名。サン=マルタン・オー・シャトランという村の一角にあたる。トルーヴィルから自転車で約10Km十分に走れる距離である。下記にIsmap のサイトから引用したロードマップがある。

*4.

カルヴァドス県 Calvados: ノルマンディ地方の5県の中央に位置し、中都市のカーンCaenと海岸の一流リゾート地を有する。酪農と地酒のカルヴァドス(りんご酒から作ったブランデー)が有名。

*5.

ボーモン・タン・ノージュBeaumont en Auge: カルヴァドス県の中央部に位置する村。酪農産業が盛んな地域。

*6

ジョン・コリンズJohn Collins: スコッチ・ウィスキーがベースのカクテル。

http://members.jcom.home.ne.jp/stolas/s-whi-c.htm

*7.

鴨料理:原文ではCanard au sang、直訳すれば「血で煮た鴨肉」となるが、グロテスクなので単なる「鴨料理」とした。世界的なグルメレストラン「トゥール・ダルジャン」の伝統的な鴨料理の一つとして有名。

http://permanent.nouvelobs.com/conseils/gastronomie/recettes/sang.html

*8.

ホテル・ド・パリHôtel de Paris: 現在、同名のホテルはドーヴィルまたはトルーヴィルには存在しないが、この名前は「地方でもパリの洗練されたサービス」を売りにした一流ホテルの代名詞となっていたようだ。

*9.

「死にそうなくらい」: 原文ではJe me tue à te répéter となっている。最初の je me tue だけだと「私は死ぬ(自殺する)」となるが、それに続けて à 〜 と動詞が続くと「〜することにうんざりする」「死にそうなほど〜」などの意味の慣用句となる。まともな字句の意味との落差を楽しむのが作者の意図だったのだろうと思う。

トルーヴィルからドウエ・ド・ラ・タイユへ至るロードマップ
(c) Ismap
http://www.ismap.fr/


底本テキスト : Alphonse Allais《Pour cause de fin de bail》
Gallica, La Bibliothèque numérique, BNF #204440 ガリカ電子図書館
http://visualiseur.bnf.fr/Visualiseur?Destination=Gallica&O=NUMM-204440
Editions de la Revue blanche, Paris; 1899 ルヴュ・ブランシュ社版
Georgette s'est tuée ! P5〜10


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