ブリスケの犬の話
シャルル・ノディエ
Van Eyck (Detail)
National Gallery, London, UK
リオンスの森(*1)にあるグーピレールの部落のほうに樵を生業(なりわい)とする男が住んでいた。聖マチュラン礼拝堂の所領である大きな泉水のすぐそばである。彼の名はブリスケといい、巧みな斧の使い手で、薪の束を作って妻のブリスケットとつつましく暮らしていた。神様は彼らに二人のかわいい子供を授けた。七歳の褐色の髪の男の子でビスコタンといい、それと六歳の金髪の女の子でビスコティヌと言った。そのほかに縮れ毛の雑種の犬が一匹いた。全身真っ黒で鼻先だけが炎のような色をしていた。このあたりでは一番いい犬で主人によくなついていた。ビションヌと呼んでいたが、なぜならこの犬は雌犬だったからである。(*2)
昔、リオンスの森一帯にはたくさんの狼が住んでいたのをご存知だろう。その年の冬は大雪で、貧しい人たちは大いに苦しい生活を強いられた。この地方でもひどい不作に見舞われたのだ。
ブリスケは仕事に出かけていくのだが、斧の腕前ゆえに狼たちに襲われる心配をしなかった。ある朝、妻のブリスケットに言った。
「カミさんや、たとえお偉い狩狼官が来ないまでも、ビスコタンやビスコティヌを外に出すんじゃないぞ。危険だからな。丘と沼のあいだには何がしかの道があるが、間違ってかからないように罠を全部沼のへり沿いに移したんだ。それからもう一つ言うが、ビションヌも外を走りたいからって出してやるんじゃないぞ。」
ブリスケは毎朝同じことをブリスケットに言っていた。ある晩のこと、いつもの時間になっても彼は帰って来なかった。ブリスケットは、敷居を出たり入ったり、また出たりして両手を合わせながら言った。
「どうしましょう、帰りが遅くなって!」
そして再び外に出て呼んだ。「おーい!ブリスケ!」
すると犬は彼女の肩のところまで飛び上がって、まるで「私が行きましょうか?」と言っているようだった。
「静かに!」とブリスケットは言って「ビスコティヌ、お聞き。丘のむこうまで行って父さんが帰ってきていないかどうか見てきてちょうだい。それからビスコタンや、お前は沼沿いの道を、罠がまだ残っているかどうかよく注意しながら行きなさい。そして、ブリスケ!ブリスケ!・・・ と大きな声で呼ぶんですよ。」
「静かにおし!ビションヌ!」
子供たちは道をどんどん進んでいった。丘の道と沼沿いの道とが交叉するところで彼らは再び出会った。ビスコタンが言った。
「お手上げだ!父さんに会えればいいのに、じゃないとぼくは狼に食べられちゃうよ。」
ビスコティヌも言った。
「そのとおりよ。あたしも食べられちゃうわ。」
そうしているあいだにブリスケはピュシェーの大きな道のほうから帰ってきた。モルトメー修道院のあるロバの辻を通ってである。というのもジャン・パキエの家にひと背負いの薪束を届けたからである。
「子供たちを見なかったのかい?」とブリスケットがたずねた。
「子供たちだって?・・・子供たち?どうしたことだ!外に出したのか?」
「丘と沼のところまであんたを迎えにやったのさ。でもあんたは他の道から帰ってきたのよ。」
ブリスケは立派な斧を持ったまま丘沿いの道を走り出した。
「でもビションヌを連れてったら?」とブリスケットが叫んだ。
ビションヌはすでに先に飛び出していた。犬は遠くまで行ったのでブリスケは見失ってしまった。彼は大きな声で「ビスコタン、ビスコティヌ!」と叫んだが返事はなかった。そこで彼は泣き出しそうになった。子供たちを失うことを想像したからである。長い、長い時間かけて走り回ったあと、彼はビションヌの鳴き声が聞こえたような気がした。声が聞こえたあたりの藪の中に入り込んで斧を上げたまま、まっすぐ進んだ。
ビションヌは、まさにビスコタンとビスコティヌが大きな狼に食い殺されようとするところに駆けつけたのだった。犬は吠えながら子供たちの前に身を投げ出して、その吠え声でブリスケに居場所を知らせようとしたのだ。
ブリスケが大斧を一閃させると狼はばたりと事切れた。だが時遅くビションヌはもはや生きてはいなかった。
ブリスケとビスコタンとビスコティヌは、ブリスケットのところに戻った。それは大きな喜びであったが、誰もが泣いた。いなくなったビションヌの姿を追い求めずにはいられなかった。
ブリスケはビションヌを小さな庭先の奥に埋葬した。大きな墓石に学校の先生がラテン語で書いてくれた。
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ブリスケの哀れなる犬ビションヌここに眠る
この時以来、人々は諺で次のように言い伝えるようになったという。
「一度だけ森に出て、狼に食べられた、ブリスケの犬のように不運な・・・」 (終)
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