Sandro Botticelli : Vénus et les Grâces offrant des
présents à une jeune fille (détail) @Musée du Louvre
ボッティチェリ:若い娘に贈り物を与えるヴィーナスと美神たち(部分)

カロリーヌ

作者匿名(Ch. N***, シャルル・ノディエ?)

 十八歳のカロリーヌという名前の娘がある熟年の男の情念をひどく荒々しくかき立てた。人は五十にもなると、よく言われるように、好き好んでということは少なくなるものの、恋情は二十歳の頃よりも深まるもので、この年を経た恋人は始終うら若いカロリーヌにつきまとったが、彼女はその気持にこたえようとはまったく考えなかった。最も許しがたい過ちは、男を笑い者にしたり、冷たくツンとすまして男を遠ざけてひどく苦しませたりしたことである。こうして三年のあいだ、一方は辛抱強く思い続け、他方は手ひどくあしらった末、不幸な男は病床に伏してしまった。その主な原因は報われぬ恋のせいである。

 臨終が近いことを悟って、男はカロリーヌに少なくとも永遠の別れの挨拶を受けに来ていただけないかと最後の厚意を願い出た。若い娘はこの求めをすげなく断わった。女友だちの一人がやってきて、この不幸な男は、彼女のために、そして彼女によって死んでゆくのだから、この悲しい慰めに応じるべきではないかとやさしく諭したが、無駄に終わった。使いの者が同じ懇願を再度伝えに来て、病人がカロリーヌに会いたいという願いは彼女のためにはならなくとも、彼自身のためなのだとつけ加えた。しかしこの二度目の願いも最初の結果以上にはならなかった。
 
 カロリーヌの女友だちは、死に行く人に対する彼女の厳しい態度に憤慨し、気取りや意地悪をなじり、償いとして少しでも哀れみの情を示せばいいのにと激しく責めたてた。カロリーヌは彼女のしつこさに疲れて、いやいや承諾しながらこう言った。
「いいわ。あなたのお気に入りの方のところに連れてってよ。でも言っておきますけど、ほんのちょっとだけよ。あたしは死にかかった人も死んだ人も好きじゃないの。」

 二人はやっと出かけて行った。瀕死の男はカロリーヌが部屋に入ってくるのを見て、最後の力をふりしぼって、消え入るような声で語った。
「お嬢さん、もう時間がありません。たっての願いとしてお会いしたいという望みを無残にも拒絶されましたね。もう私が先立つことを許してほしいと願うだけです。これからは今までよりももっと頻繁に私を見ることになりましょう。三年という間に私を苦悩のうちに墓の中へと送り込んだことだけは忘れなさるな…さようなら…では今夜。」
この言葉を言い終わるか終わらぬかのうちに彼は息を引き取った。

 カロリーヌは恐怖にとらわれてあわてて逃げ出した。そして友だちはあらゆる手を尽くして彼女の極度の興奮を和らげようとした。カロリーヌは友だちに夜のあいだ一緒にいてもらうように頼んで、部屋にもう一つベッドを用意させた。燭台を灯したまま従者たちは引き下がり、二人の女性は眠らずに長いあいだ話し込んでいた。真夜中になって突然明かりがひとりでに消えた。
「ほら来たわ!ほら来たわ!」とカロリーヌは恐くなって叫んだ。
友だちには苦しそうな息づかいしか聞こえなかったが、深い静寂がそれに続いたので力を出してすぐさま呼び鈴を鳴らした。従者たちが駆けつけてきて燭台に火を点そうとしたがどうしてもつかなかった。死にそうなほどの苦痛のなかで十五分間が経つと、時計の鳴る音がして、カロリーヌは長い眠りからやっと覚めた人のように深い吐息を出した。蝋燭の火がまたひとりでに点いた。家の者たちもしりぞくと、カロリーヌは死んだような声で言った。
「あぁ!やっといなくなったわ。」
「それじゃ、あの方を見たの?」
「えぇ、あたしを脅かそうとしたのは間違いないわ。」
「何ですって?彼が話をしたとか?」
「こう言うのが聞こえたのよ。
『三年のあいだ、私は毎晩十五分間だけあなたと過ごすために来るのだ。それ以外は安心しなされ、なにも悪いことはするまい。毎晩あえて会いに来るのは、思慮深からぬふるまいで私を墓へ送り込んだことへの復讐だけのためなのだ。』」
 その女友だちは同じような光景がくり返されるのを見るほど物好きではなく、翌日の晩はカロリーヌと過ごすのを断わった。置き去りにされたカロリーヌは彼女をなじった。そして毎夜の訪問は続いた。
 
 カロリーヌは美しく、裕福で、物腰もすばらしかったので、亡霊から遠ざかりたいという希望からニ十一歳で結婚しようと思った。しかしながら亡霊が現われるたびの騒音が求婚者たちを思い止まらせた。一人だけ、ガスコーニュ人でフォルビニャックと名乗る貴族が結婚を申し出てきた。婚礼の段取りがとられたが、その翌朝(まして初夜がどんなふうに送られたかは知る由もなく)新郎は花嫁の持参金と自分のものではないかなり多くの宝石類とともに行方をくらましてしまったのだ。
 
 女友だちは、大きな不幸に心を痛めて彼女のもとを訪ね、精一杯彼女をなぐさめた。そして贖罪を静かにまっとうできる領地に彼女を伴った。三年の月日が流れ、ついに亡霊はもはや現れないことを告げ、その言を守った。この厳しい教訓によって彼女の性格は温和なものに変わった。誠実というか二度と戻らぬままフォルビニャックが死んで、カロリーヌは自由に再婚できる身となった。そして今度は彼女も真面目な夫を見出し、とても幸福に暮らした。


原題: Caroline
短編集『地獄奇譚』Infernaliana 所収 (1822年刊)

試訳:写原祐二(2004年3月10日)


仏和翻訳習作館 忘却作家メモ:ノディエ

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