Alessandro Magnasco : Banquet nuptial de bohémiens @Musée du Louvre
アレッサンドロ・マニャスコ「流浪者たちの婚宴」

魔物の宿(怪奇笑話)

作者匿名(Ch. N***, シャルル・ノディエ?)

 私はマルセイユにいて、シオタ* という町に行く用事があった。ほんの六里の距離なので遅めに出発した。私はこの美しい地方にあるローマ時代の遺跡をじっくり見るのを楽しみにしていて、結局あちこち歩き回って気がついたときには見知らぬ山の中で夜になっていた。しばらくのあいだ適当な方向に歩いていたが、道の少し先に家の明かりが見えたので、そこに行って一夜の宿を乞うことにした。私が戸をたたくと家政婦が開けてくれ、私の頼みをきいて家の中へ招きいれた。そこは素晴らしい広間になっていて、一人のとても美しく、とても上品な婦人がこの上もない優しさで私を迎え、隣に座らせてくれた。彼女は食事も用意させて、とにかくあらゆる点で幸福だと感じた夕べであった。

 やがて眠りに就く時間になって私はまさにベッドに入ろうとしたが、美しい女性はすぐ戻ってくるのでちょっと待っていてほしいと言って出て行った。あぁしかし!真夜中の時が鳴っても彼女はまだ帰って来なかった。それは魔の刻限。時計の最後の打刻が鳴り終わる前に、部屋の中に亡霊の群れが入ってくるのが見えた。ある者は行進し、ある者は飛び回り、すべてが楽しそうな様子であった。そこまでは私も怖くなかったが、すぐに奴らは私に近づいてきて、一人の大男がステントール** のような大きな声で私に言った。
「愚か者、ここへ何しに来たのだ?この家は亡霊のものだ。毎晩我らが集うことを知らぬのか?」

 私は返答するだけの気力をふるったが、その猛々しい大男は私を捕らえて布団でぐるぐる巻きにして部屋の中央に運んだのだ。驚かされたのはこの暴挙にあっても私はほとんど何も感じないのにまるで魔法にかかったように移動したことである。
 奴らは私をいい加減突き回したあと戒めを解いて座らせた。そして集団の中のおどけ者が私の髭を剃ろうと言い出した。するとたちまち、たらい、石鹸、タオル、ひと言でいえば道具一揃いが現れ出て、目に見えないというか薄ぼんやりとした一本の手が類いまれな巧みさで私の髭を剃ったのだが、ずる賢い亡霊は片側の頬しか剃らなかった。私の言うことが本当だという証拠は、右の頬には何の変化も認められないのに対し、左の頬にはもはや髭が伸びてこないのだ。

(その場にいた一同はそのことを確かめようとしたが、左側の髭はまるでそこが炎であぶられたようにちりぢりになっているのを認めた。語り手は再び口を開いた。)

 さてこの仕事が終わると奴らは大いに笑い転げて、布団の上で私を飛び跳ねさせることにした。この胴上げは十五分間ほど続き、そのあとは放っておかれた。

 そうしているうちに夜が明けはじめ、おそらく終宴の時間が近づいたのだろう。奴らはそそくさと立ち去って行った。その際に私の身体に色々なしるしをつけていったのだが、そのしるしはなかなか消すことができずにこれからも残ることだろう。

 さらに私が驚いたことは、宿が消えて、シオタの町の城門の前にいる自分に気がついたことである。どのように建物が消えて、どのように私が運ばれたのかは知る由もなかった。
 このとき以来、私はこの経験を記憶に留め、もはや亡霊たちと一緒になりたいとは思わない。


原題: La maison enchantée (Conte plaisant)
短編集『地獄奇譚』Infernaliana 所収 (1822年刊)

試訳:写原祐二(2004年4月4日)


* シオタ:La Ciotat マルセイユから東南約30kmの海辺の町。人口約3万人。

** ステントール:Stentor 古代ギリシアの英雄の一人。割れるような大音声を出した。


仏和翻訳習作館 忘却作家メモ:ノディエ

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