血染めの修道女

作者匿名(Ch. N***, シャルル・ノディエ?)

 リンデンベルク城(*1)には亡霊が出没するというので誰も住まなくなっていた。その亡霊を鎮めるために一人の修行僧がやってきて、開かずの間となっていた部屋に寵ることになった。しかし五年に一度、五月五日の午前一時ちょうどに、亡霊がそこから現われ出るのだった。
 それは一人の修道女で、ヴェールをかぶり、血がべっとりとついた衣服を着ていた。一方の手に短剣を、もう一方の手に明りのついたランプを持ち、そのまま城の大階段を下りて、中庭をいくつか横切り、城門に向かった。人々はその夜は注意深く門を開け放すことにしていて、出て行った亡霊は消えてしまうのだ。

 この不思議な出来事が再びくり返される日が近づいていた頃のことである。恋する青年レイモンは熱愛する若いアニェスのことをあきらめるようにとの通知を受け取ったので、彼女と会う機会を見つけてかけおちをしようと持ちかけた。アニェスは彼の愛の真剣さをよく理解していたが、すぐについて行くにはためらいがあったので、次のように言った。
「あと5日たてば血染めの修道女が現われてさまよい歩くに違いないわ。城門は開け放たれて誰も亡霊の通るところにいないようにするでしょう。あたしはそれに似た適当な衣服を身につけて、見破られないように出て行けるのよ。少し離れたところで待っててちょうだい・・・」
 そこに家の者が入ってきて彼らは無理やり引き離された。

 五月五日の真夜中、レイモンは城の正門にいた。二頭立ての馬車を近くの洞穴に待機させていた。明りが消え、物音も止み、一時の鐘が鳴った。門番が昔からの習わしに従って大門の扉を開け放した。東の塔に明りが一つ現われ、城の中を動きながら下りてきた。・・・ レイモンはアニェスだと見て、血染めの衣服とランプと短剣を認めた。彼が近寄ると、彼女は彼の腕の中に身を投じた。ほとんど気を失ったような彼女を馬車まで運び、馬を駆り立てて出発した。
 アニェスはひと言の言葉も発しなかった。
 馬たちは息を切らせながら走りつづけ、二人の御者が無理に引きとめようとしたのだが、逆に振り払われて転倒した。
 そのとき恐ろしい嵐がわき起こり、突風が吹き荒れた。幾千もの稲光りの中で雷鳴が響きわたった。馬車はあおり立てられて壊れ、レイモンは意識を失った。

 次の日の朝、気がつくと彼の意識を取り戻そうと呼びかけていた農民たちに取り巻かれていた。彼はアニェスのこと、馬車のこと、嵐のことを話したが、彼らは何も見ても知ってもおらず、しかもここはリンデンベルク城から十里も離れていた。
 彼はラティスボンヌ(*2)に搬送された。医者から傷の手当を受け、休養を勧告された。恋する青年は幾度となく無益な捜索を命じたり、多くの質問を投げかけたが誰一人答えられなかった。誰もが彼は理性を失っているのだと思った。
 そうして一日が過ぎ、疲労困憊して彼は眠りこんだ。穏やかな眠りであったが、近くの修道院にある大時計が夜中の一時を告げる音で目が覚めた。得体の知れない恐怖にとらわれて髪の毛がさか立ち、血が凍った。部屋の扉が乱暴に開き、枕元に置いていたランプの明かりで何者かが入ってくるのが見えた。それは血染めの修道女だった。亡霊は近寄ると彼をじっと見つめ、それからベッドに腰をおろすとまるまる一時間居続けた。大時計が二時を告げると亡霊は立ち上がり、氷のような指でレイモンの手を取って言うのだった。
「レイモン、私はあなたのもの、あなたは私のもの、この命のある限り。」
 彼女が出て行くと、扉はその背後でひとりでに閉まった。

 自由の身となるや彼は叫び声をあげ、人を呼んだ。人々はますます彼が妄想にとらわれ、病気が重くなったと思った。医薬の救いなど無駄のように見えた。
 次の晩も修道女はやって来た。そしてそれが数週間続くこととなった。亡霊の姿は彼にだけは見えても、彼が同じ部屋に寝泊まりするように頼んだ者たちは誰も見ることができなかったのだ。
 そうするうちにレイモンはアニェスのことを知った。彼女は出て行くのが遅すぎたため、城門のあたりをむなしく探したのだが、彼が血染めの修道女を連れ出したということしか考えられなかった。アニェスの親たちは彼の愛をまったく認めなかったので、この出来事が彼女の気持に及ぼした機会をいいことに修道院に入ることを決心させたのだった。

 レイモンのほうもその恐ろしい伴侶からついに逃れることができた。ラティスボンヌの方からやってきたある神秘的な人物を、血染めの修道女の現われる時刻に合わせて部屋に招き入れたのだった。亡霊はその人物を見ると震えだした。彼の指図に従って亡霊は執拗に出没するわけを語った。スペインの修道女だった彼女はそこを抜け出してリンデンベルク城の城主と自堕落な生活を送ることになった。だが神に対して忠実でなかったのと同様に別の男と暮らしたいと思うようになり、城主を裏切って刺し殺したところ、今度は彼女自身がその共犯者から殺されてしまったのである。彼女の亡き骸は墓地に納められぬままとなり、彼女の魂は安息所のないままに一世紀の間さまよっていたのだ。彼女は遺骸を埋葬するためのわずかな土地と鎮魂のための祈りを望み、レイモンがそれを約束すると、以後亡霊が現われることはなくなった。(終)


※「血まみれの修道女」のテーマは、ロマン主義時代に盛んに取り上げられたようで、古くは M.G.ルイスのゴシック小説『僧侶』(The Monk, 1795) が有名。1830年代に演劇としても上演された。作曲家グノーのオペラ(1854)やベルリオーズの音楽劇(未完)も残されている。

(*1) リンデンベルク城 Château de Lindemberg : 架空の城の名前と思われる。独語の直訳で「菩提樹山城」。位置的にはレーゲンスブルクの西方か。

(*2) ラティスボンヌ Ratisbonne : ドイツのレーゲンスブルク Regensburg の仏語名。ドナウ河の中流の南岸に位置し、古代から交通の要衝として栄えた。
http://www.regensburg.de/tourismus/international/franzoesisch/seite4.shtml


原題: La nonne sanglante
短編集『地獄奇譚』Infernaliana 所収 (1822年刊)
作者: 匿名 Ch. *** (Charles Nodier?)
試訳: 写原祐二(2005年4月9日)
底本テキスト : Ch. *** : Infernaliana ; Sanson & Nadaud, Paris, 1822
BNF Gallica #62056
http://visualiseur.bnf.fr/Visualiseur?Destination=Gallica&O=NUMM-62056
La nonne sanglante; P9〜15


仏和翻訳習作館 忘却作家メモ:ノディエ

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