失われた領収書

作者匿名(Ch. N***, シャルル・ノディエ?)

 マルセイユの大地主のカヨル氏は、農民の一人から地代の支払いを受けた。金額は千二百フランだったが、主人は運悪くひどく取りこんでいたので、お金は確かに受け取ったけれども、領収書は明日渡すからまた来てくれと言った。農民は地主の誠実さに安心して立ち去った。彼は受領書をもらいに行くのを急がなかった。だが数日経つあいだにカヨル氏は卒中で死んでしまった。

 一人息子が彼のあとを相続した。父親の書類を確かめていくうちに、彼は小作人のピエールに千二百フランの地代があるのに気づき、支払いを求めたところ、男はすでに支払ったと答えた。若主人は領収書を見せるように言ったが、ピエールは不運にもそれを持っておらず、そのいきさつを語った。地主はその話をまったく信用せずに農夫を追い出すことにして、裁判に訴え、断罪をかち得た。彼は家財の取り立てを行ったが、ある夜のこと若主人が目を覚ますと(これは彼自身が私に語ってくれたことだ)父親が目の前に現れて次のように口を開いたのだ。
 
「愚か者!おまえは何をしているのだ。ピエールは支払ってくれたのだぞ。起きて、わしの部屋の暖炉の上にある鏡の裏側を見てみろ、そこにわしの書いた領収書があるはずだ。」
 息子は震えながら立ち上がり、その言葉に従い、父親の領収書を見つけた。

 彼は農夫に対して加えた損害を償うための費用をすべて支払い、雇いなおすことにした。私がこのまえこの町を訪れたときにもその農夫はまだ働いていた。


原題: Caroline
短編集『地獄奇譚』Infernaliana 所収 (1822年刊)

試訳:写原祐二(2004年4月12日)


仏和翻訳習作館 忘却作家メモ:ノディエ

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